1.英米法系の国におけるプロベート手続きについて
イギリスをはじめとして、かつてイギリスの植民地であった米国、オーストラリア、カナダ、香港、シンガポールなどの国においては、相続手続に関する考え方が我が国とは大きく異なり、一般的にプロベート裁判所が関与する非常に複雑な手続が予定されています。
不動産、動産、株式、預金などの遺産の種類や価額、所在地などによっても、プロベート手続が異なってきます。
米国などでは、プロベート裁判所に関する法律は、連邦法ではなく、各州ごとに適用される州法で定められていますので、プロベート裁判所における手続きは州ごとに異なるという複雑さです。カリフォルニア州のプロベート法(CALIFORNIA PROBATE CODE)は条文の分量も多く、その「一部」を試しに印刷してみたら、A4版で厚さが約2センチメートルになりました。
プロベート裁判所における手続きは、亡くなった方(被相続人)の遺言がある場合と、ない場合とで、大きく分かれます。
大まかな説明をしますと、遺言がある場合は、プロベート裁判所における遺言の検認手続を経て、そこで遺言執行者が指定されていれば原則としてその遺言執行者がプロベート裁判所の監督を受けながら、被相続人の借金や税金などの債務を遺産から支払って、その残りを、遺言に従い、現物を引き渡し、又は、金銭に換えて分配することになります。
遺言がない場合は、プロベート裁判所が遺産管理人を選任し、その遺産管理人が裁判所の監督下で法律に従った遺産承継手続を進めることになります。
英米法系の国にある銀行等の金融機関に預けた預金の相続においては、預金額等によって扱いは異なりますが、プロベート手続を介して相続人は被相続人の預けた預金を取り戻すことが想定されています。
我が国の相続法と根本的に異なるのは、相続人が相続開始と同時に遺産を法律上当然に承継できるわけではないところにあります。
プロベート手続きは現地の裁判所の監督のもとに現地で進められますので、当該外国の法律事務所の弁護士などに手続きを依頼することが通常となります。そのため、時間も費用も相当かかることを覚悟しないといけないでしょう。
費用については、遺産の種類や遺産所在地などによっても、また、プロベート手続きを依頼する現地の法律事務所によっても大きく異なってきますので、あらかじめ一概に述べることはそもそも不可能であり、述べること自体に意味があるとは思えません。これは個別の事案ごとに検討するほかはないでしょう。
2.プロベート手続抜きで外貨預金を取り戻すのに、どのような宣誓供述書を活用したのか?
上記のとおり、英米法系の国にある金融機関から相続財産としての預金を取り戻すには、通常プロベート裁判所の関与が必要となりますが、預金額等の諸事情によっては、プロベート手続き抜きで取り戻すことのできる場合があります。当事務所では、プロベート手続抜きで外貨預金を取り戻した案件も扱ったことがありますので、ご参考までに紹介させていただきます。
以下の事案は実際のものとは異なりますが、本質的な部分は変えてありません。また、以下のとおりに宣誓供述書を作成すれば、必ず取り戻せるという話にはなりませんので、ご注意をお願い申し上げます。
さて、亡くなった方は、日本に住所があり、相続人は夫と亡くなった方の母親の2人だけでした。そのため、日本国の相続法によりますと、法定相続分は夫が2/3で母親が1/3ということになります。仮に、相続人が配偶者と子供たちの場合でも、以下の宣誓供述書の内容は通じるはずです。
ご依頼者(夫)は英語が堪能な方でしたので、ご自分である程度当該外国銀行との間で事前の交渉ができていました。そのため、宣誓供述書の作成だけをご依頼されました。
ここで、当職が作成した英文による宣誓供述書の概要を以下のとおり示します。
① 当職の経歴
この内容は、当事務所のホームページに紹介してある当職の経歴をほぼそのまま英訳したものに、若干当事務所の主たる業務の内容を付け加えた程度です。
裏付け資料として、オーストラリア・シドニー大学法科大学院修士課程修了証書のコピー及び日本弁護士連合会(日弁連)の証明書(CERTIFICATE)を添付しました。日弁連の証明書は、当職が日弁連に所属する弁護士であることや、当事務所の名称・住所などを日弁連が英文で認証してくれたものです。
② 被相続人の死亡年月日及び場所
除籍謄本に基づいた情報を記載しました。
③ 日本の戸籍制度の概略
④ 相続人は誰か
日本国の相続法及び戸籍に基づいた本件相続人の氏名及び各法定相続分を具体的に記載しました。
⑤ 配偶者が法定相続人であること
戸籍に基づいてご依頼者が被相続人と結婚していた事実、日本国の相続法によると配偶者が法定相続人となることを記載しました。
⑥ 母親が法定相続人であること
日本国の相続法第889条第1項の規定により、子どもが相続人とならない場合には、親が次順位で相続人となることを記載しました。
⑦ 遺言がない場合の日本における相続
本件では遺言がありませんでしたが、日本国の相続法の下では、遺産管理状の発令(a grant of Letters of Administration )を裁判所に求める必要がないこと、相続人は法律上当然に遺産の承継ができることを記載しました。
⑧ 共同相続の場合の法律関係
日本国の相続法では、相続人が2人以上いる場合、遺産は「共有」となり、権利も義務も法定相続分に応じて共同で承継される定めとなっていることを記載しました。
⑨ 本件の具体的な相続持分の割合
・夫が3分の2であること
・母親が3分の1であること
を条文を引用して記載しました。
⑩ 共同相続人の権限
日本国の相続法の下では、検認許可状や遺産管理状の発令などプロベート手続きに関する規定がないこと、その代わり、日本国の民法においては、共有財産について過半数の共有持分を有する共有者は「管理行為」ができること、それ以下の持ち分しかない共有者でも「保存行為」はできることを記載しました。
⑪ ご依頼者(夫)は遺産の管理行為ができること
日本国の相続法の下では、ご依頼者は遺産について3分の2の持分を承継しているので、他の共同相続人である母親の同意を得ることなく遺産について管理行為をすることができることを記載しました。
⑫ 同一名義人の銀行口座間の送金は保存行為又は管理行為に該当すること
日本国の民法においては、同一名義人に関する銀行口座間の送金は保存行為又は管理行為に該当すると解されるので、3分の2の共有持ち分を有するご依頼者は、本件被相続人の預金がある海外の銀行に対して保存行為又は管理行為として被相続人名義の他の銀行口座への送金を求めることができることを記載しました。
以上が、本件に関して当職が作成した宣誓供述書の概要となります。
3.まとめ
上記の通り、ポイントとなったのは、外国の銀行に依頼したことが、亡くなった被相続人名義の日本国内口座への振り込みであったことです。外国の銀行と日本国内の銀行間において、口座の名義人自体は同一で被相続人となります。
なお、当職の宣誓供述書は、公証人の面前で、内容が真実であることを宣誓して署名し、これに公証人の認証等及び外務省のアポスティーユを付してもらったものでした。
当職の宣誓供述書等を当該外国の金融機関に送付してから2ヶ月ほどで日本国内の金融機関の被相続人名義口座に残預金が海外送金されてきたというご報告をいただきました。
本件の紹介は以上です。ここまでご覧いただいた方にはあらためて御礼申し上げます。何かのご参考になれば幸いです。